毒親介護

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おすすめポイント

自分を「毒親」だと認めて学び変わろうとする人の多くは、自分がやっていることが加害なのであれば、自分も加害を受けて育ってきたと気づく人が少なくありません。

「毒親は、毒親の子」であることは、ある程度の意味で自然なことです。PaToCaでは毒親を「加害する親」と定義し、その加害を「ケアの欠如した関わりをすること」と考えます。

その場合、加害性が連鎖するのは理にかなっています。ケアでなければ加害になるなら、ケアを知らない人が(愛や優しさだと思いながら)加害をしてしまうのは自然なことだからです。

本書は、「自分の親が毒親かもしれない」と気付いたにもかかわらず、「親の介護」が子どもの仕事と認識されている日本における歪み、苦しみがこれでもかというほどしっかりと描かれています(ただし、著者は介護を単に苦しみとしてのみ描いてはいません)。

介護の中で、50. 「なぜこうまで振りまわされるのか、そんな思いから自分と母との関係を顧みたとき、それまで信じてきたことが崩れる子どもも多いという。「母の愛だ」と思っていた数々が、実は「母の支配だ」と気づいて怖くなる。」などは、加害者変容の中で気づく、「愛・優しさ」の定義の問い直しとよく似ていると思います。

本書では、介護される側の「毒親」がどのような言動をおこなっているのか、それがどう子供を苦しめているのか、苦しめてきたのかについてもさまざまに説明がなされます。

51.「自分が見捨てれば母はどうなるのだろう。母にもいいところはいっぱいあるのに感謝できない自分が悪い。そんな罪悪感から介護を担い、あるいは介護から逃げられない人も多いという。とはいえ信田さんによると、こうした罪悪感も「母がそう仕向けている」というから厄介だ。」

51. 「この手の母親は単に力を誇示するだけではない。甘えや泣き落とし、すねたり情緒不安定になったりして実力を行使する。」

これらは、まさにPaToCaが考える典型的な「加害」の類型だと言えるでしょう。この本は、自分が毒親だと考える人にとっても、学びの多い本だと思います。

そして、介護における複雑さも以下のように表現されています。

73. 「夫や妹からの励まし、共感や感謝は確かにほしい。だがそれ以上に欲するのは、ずっと一緒に暮らしてきた母の心からの言葉だ。感謝でも謝罪でも、後悔や懺悔でもいい。なにかしら伝えてもらわなければ報われない、それが康代さんの本心だという。」

74.「このまま死なせてなるものか、そんなふうに思う自分は、妹が言うように「異常」なのだろうか。母に振りまわされているようで、本当は自分のほうが母に執着しているのかもしれない。それでも康代さんはいつか報われることを支えに、老いた母との暮らしを当面つづけていくという。」

「変わりたい」と願う毒親のためのコミュニティPaToCaの理論を学ぶにはこちらのページをご覧ください。