このくらいで毒親と言われると納得できません

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よくあるお悩み・相談

子どもから「お前は毒親だ」と言われたのですが全く納得できません。自分が小さいときは躾として殴ったり叩かれたりすることは普通でしたが、自分はほとんど子どもに手を出したこともありません。なにをもって毒親と呼ぶのか…調べてみてもそんなことを言い始めたら誰でも毒親になるのでは?と思うことばかりです。

PaToCaの考え方

毒親と言われて、平静でいられる人はいないと思います。もともとその言葉を知っていて気にしていた人は「こんなに頑張ってきたのにダメなのか…」と思うし、知らなかった人からするとかなり強烈な「悪口」だと響くからです。

人は恥や無能感を覚えると辛く、傷つきます。それに耐えられずに怒りによってそれを上塗りする人も少なくありません(そしてこれはよくある加害の構造でもあります)。

「納得できない」という言葉の裏側にある感情はなんでしょうか。怒りの更に後ろにあるのは、悲しみや傷つきかもしれません。その傷つきは「もう子供と関われないかもしれない」という辛さかもしれないし、「こんなに頑張ってきたのにそれが認められないなんて酷い」という辛さかもしれません。

どちらであれ、大切なことがあります。それは「特に成人後については、親は無理に子どもと関わる必要はない」ということです。子どもに毒親と呼ばれたとして、その子とこれからの人生で関わっていきたいと強く思わないならば、もうそこで関係を終了しても良いのです。

誰もが不完全であり、愛しているつもりで人を傷つけてしまうこともあります。その結果として、できる限りのことをしたけれども、最終的にはうまくいかず、憎まれてしまった。とはいえ死なせることもなく、成人して大人になるまでは育てることができたなら、もうそれで自分の役目はひと段落ついたと考えて、関係を終えても良いのかもしれません。

お子さんの心情は十分にはわかりませんが、「毒親」だと伝えた上で、その後も関係を築きたい人ばかりではありません。関係が終了してもいいと思ってその言葉をあなたに伝えた可能性もあります。お互いが、一緒に生きていきたいと思っていないなら、「毒親」という言葉に納得してもしなくてもどちらでもよく、ただ関係を終了することも可能です。

それでも、もしもお子さんとの関係を作っていきたいと願うなら、そのとき初めて「変わりたい」と考えることができますし、その時にはPaToCaが役に立つかもしれません。

終わりに

PaToCaは、変わりたいと願う毒親のための学びのコミュニティです。オンライン・匿名・顔出しなしの当事者会や、slackでのテキストコミュニケーションなどを行っています(活動詳細はこちら)。また、関連する理論をこちらにまとめていきます。

その性質上、個人の変容に焦点を当てたコンテンツを中心としています。しかし、子どもに加害してしまう親を単に「変わるべき、間違っている人」とは考えません。

「変わりたい」と願うモラハラ・DV加害者の問題に取り組むGADHAにおいても、そのように考えて活動をしてきました。

誰かを傷つけよう、苦しめようと思って生きている人はほとんどいません。誰もが、幸せになりたいと願い、しかしそのための言動が、結果的に自分も周りも苦しめていることがほとんどです。

毒親と言われる人もまた、ケアが欠如した養育環境で育ったことも多く、連鎖しています。PaToCaの主な活動は個人に焦点を当てますが、社会的な要因もたくさんあります。

だからこそ、「毒親」を責めたり、辱めたり、ダメな親だと烙印を押すのではなく、加害を加害と認めた上で、「ではどうしていこう」と共に学び変わっていく場を作っています。

誰かを悪者とするのではなく、どうすれば「自他共に、持続可能な形で、美徳を発揮してケアしあえる関係」を増やしていけるかを考えて活動してまいります。

また、個人の問題に還元しないからこそ、公的な子育ての支援制度や文化が大切だと考え、中期的な活動計画に盛り込んでいくつもりです。