ルポ 教育虐待

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おすすめポイント

子育てが加害的になってしまう原因の1つは、大人同士の関係と違って、子どもに対しては「立派な大人になるように働きかける」という育児特有の圧倒的な権力勾配と社会的な要求が存在することです。

「立派な大人」とは何か、それは時代によっても全く変わってきます。それにもかかわらず、親は子どもを育てる必要があります。それがうまくいっていないとみなす人は、それに「ちゃんと子育てしてるの?」とか「親がだらしないから」などと非難してきます。

そして、そのような状況の中で、自分なりに子供のためを思って取り組むこと、良かれと思って行うことが、後から「嫌だった」と言われる可能性も十分にあります。これは、苦しいことです。

良かれと思ってという虐待の中でも、顕著に注目されているのが「教育虐待」です(スポーツ虐待、習い事虐待なども、この類型にあるかもしれません)。実際、GADHAなどでも教育虐待を受けて苦しんでいる人、その価値観を内面化して周りも自分も傷つけている人はたくさんいます。

118. 「日本では教育の現場でも、部活のなかで体罰が行われる文化がある。スポーツと体罰は切っても切れない関係にあるように考えられている。それが当たり前の文化で育ったひとたちは、スポーツの指導における体罰を虐待と呼ぶことに強く抵抗する。」

このように、特にその虐待的な状況の中で「成功」した人や、「あれがあったから今がある」と思う人は、それを認めるのが難しく、そしてそれゆえに、今度は加害者にまわってしまいます。これは非常によくある構図です。

子育てゆえの難しさがやはりあります。37. 「「子どもは未熟。判断力が不足している。だから、親が決める」「将来のために、いま多少辛くても、無理をさせるべき」「あなたのためを思って、私はいま、鬼になっている」。」

この文言など、ドキリとする人も多いのではないでしょうか。

37.「親たちは、子を思うがゆえ、本気でそう思う。しかしそれが子どもの心に数十年経っても消えない傷を残す。」

43.「中学受験が終われば、抜毛症も治ると思っていた。しかし、大学生になったいまも、息子の頭髪は戻らない。」

教育虐待の影響は、身体的なものも精神的なものも長期的なものです。

130.「そんな結末になることがわかっていたら、誰も子どもを追いつめるようなことはしないだろう。しかしその時点では、親には教育が虐待に変わるその一線が見えていない。親は常に、その一線が見えていないことを、もしかしたらその一線をすでに超えてしまっているかもしれないことを、十分に自覚する必要がある。」

教育虐待をしてしまうパターンは大きく2つあり1.学歴コンプレックスあるいは、2.高学歴の親が追いつめるパターン、そして混合パターンで厄介なのは東大を目指していて慶應に入った親のようなパターンです。

ということは、その親も…ということで、174. 「教育虐待を受けた子どものみならず、教育虐待をしてしまう親もまた、すでに数十年前から社会の機能不全や家族の機能不全のしがらみにとらわれてきた構造的被害者である可能性が高い」ということで、加害の連鎖が起き続けている可能性も指摘されています。

教育虐待は「子どものために」という正当化が最も簡単な虐待の1つといえます。少しでも懸念や不安がある方は、ぜひ一読されてください。

 

「変わりたい」と願う毒親のためのコミュニティPaToCaの理論を学ぶにはこちらのページをご覧ください。